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第8回 中丸三千繪さん

茨城県出身のオペラ歌手、中丸三千繪さん。ソプラノ歌手としてデビュー後、数々の国際コンクールで栄冠を手にし、1990年、第4回マリア・カラス国際声楽コンクール(RAIイタリア国営放送主催)にてイタリア人以外として初めて優勝。2003年、(社)日本ソムリエ協会の名誉ソムリエに就任された中丸さんに、ワインとの出会い、ワインのある人生、その魅力についてお話をうかがいました。

ワインとの出会い

第8回018歳のころからブドウを育て、ブドウジュースを造っていた中丸さんにとって、ワインとの出会いは、ブドウとの出会いでした。
「実家の周りにはブドウ畑がありました。ワイン用の品種?として日本に初めて入ってきたといわれる“フレドニア“を、3段になった大きな鍋の、一番上の段に入れます。真ん中の段はドーナツ状の空洞になっていて、下の段には水を入れます。鍋を加熱し、蒸気を発生させ、上段のブドウからジュースを取り出します。そのブドウジュースを、熱湯消毒したボトルに詰めます。そうしているうち、ブドウは収穫後3日間ほど経つと、自然と醗酵を始めることに気が付きました。これは甘酒と同じ原理と思い、ボトルの中に砂糖を入れてみました。すると、ブドウジュースは瓶内醗酵を始め、ボトルの口をふさいでいたコルクが飛び出し、中のジュースが噴き出したのです。こんな風に幼いころから醗酵したブドウジュースを飲んでいました。高校生になって東京へレッスンに通うようになり、当時ニューオータニのソムリエだった熱田元会長に出会い、ワインを楽しむようになりました。ニューオータニから、ワインの空瓶を、実家でつくるワインを入れるボトルとして送ってもらっていた頃もあります。18歳から海外へ留学し、その頃からずっとワインを飲み続けています」。
中丸さんにとって、ワインは常にそばにあるものだったようですね。
ボージョレ・ヌーヴォーの時にはワインを樽で買取り、空いた樽はお風呂の椅子にしていた頃もあったとか。お風呂場にワインの香りが立ち込めるのを想像してみました。
ブドウジュースが醗酵する原理に気が付いた中丸さん。幼いころは科学者になりたかったそうです。小学1年生の時、夏休みの自由研究発表で茨城県で一位を受賞。それ以来、学校の理科室を開放してもらい、「なぜ海草には根毛がないのか?」という研究を中学2年生まで続けたのだとか。食塩水の濃度を変えた環境をいくつも作り、酸素を送り、海草を育て、顕微鏡で細胞の観察をし続けていたそうです。また、小さい頃からピアノも習い続けていた中丸さん。お芝居好きで、映画“若草物語”で四女役のエリザベス・テーラーが「もっと鼻を高くしたいわ」と言って、洗濯バサミで鼻をつまむシーンがお気に入りでした。そして、色々な人生を生きてみたいという夢と、ヨーロッパに対する強い憧れを持っていました。それが音楽の世界と一致し、今では世界中を飛び回るオペラ歌手になったのです。
しかし、音楽に限らず、ワインや食はもちろん、飛行機の操縦や、テニス、ゴルフ、スキー、スキューバダイビングほか、さまざまなスポーツをこなし、まだまだやりたいことが沢山あるというエネルギッシュな探究心は、科学者になるという夢もあきらめていません。宇宙へ行って、無重力状態で、筋力が地上の時よりも衰えた状態になった時、どのような声が出るのか試してみたい、という夢のようなお話もしてくださいました。

ワインのある人生

第8回021986年にデビューし、1987年から海外で生活を始めた中丸さん。最初の家はパリとミラノ、その後リヨン、グラスゴー、アイルランド、ボローニャ、ローマ、ナポリ、フィレンツェ・・・など、一番多いときには世界中に12軒の家があったそうです。現在はイタリアのコモ湖とNYを中心に生活。日本にいらっしゃる間はリサイタルなどで忙しく過ごしていらっしゃいます。
以前、5ヶ月間フランスで仕事をした際、稼いだお金を全部ワインにつぎ込んだことがあるそうです。「ギャラはキャッシュがいいか、チェックがいいか、振込みがいいか?」と聞かれた中丸さんは「キャッシュでお願いします」と。
そして、仕事が終わった後、レストランに直行し、そのお金でワイン代を値引きしてもらって、そのレストランのワインリストから同じワインが無くなるまで同じワインを飲み続けたそうです。
「味を覚えようと思ってやってみたのですが、ワインで家が何軒建ったのかしらと、母から言われました。自分でワインを買いに行っていた頃は、地図を片手にお店に行きました。飛行機を操縦する時のように、ワインの生産地と地図の緯度・標高などを見て選ぶのです。みんなには笑われましたが、それでワインを覚えたこともあります」。
探求熱心な中丸さんらしいですね。
フランス、イタリア、アメリカの家にはワインセラーがあり、1500本くらい入っているそうです。知っているレストランにはマイグラスが100脚ほどおいてあるらしく、大勢でワイン会をしても、グラスで困ることはないのだと伺い、「すごーい」の一言!ワインを楽しむ時は、一晩中楽しむこともあるそうです。「先週の月曜日に日本に戻り、土曜日は軽井沢でリサイタル。その前はフィレンツェでリサイタルでした。本番の前の日はセーブして飲まないので、その後の反動が大きいのでしょう。フィレンツェでのリサイタルが終わった後、地中海クルーザーに乗って、シャンパーニュをガンガンいただきました。日本に帰国して、またコンサートだったので、しばらく飲まなかったから、昨日は2人で4本くらい飲んだかしら」と、とても楽しそうに語る中丸さん。
「今度一緒に飲みましょうね」と言われ、私はあまりの嬉しさのせいか、中丸さんの笑顔に酔ったのか、ぽうっとしてしまいました。

ワインを飲みながら食事をすることで人の輪が広がるという中丸さん。ベルサイユ宮殿での英仏政府主催のチャリティ親善コンサートでは、故ダイアナ妃臨席の元、フランス代表として出演されました。コンサートが終わって、宮殿で食事が始まった時のこと。ワイン文化の根付いたヨーロッパにおけるワインに対する考え方と、日本のとらえ方に違いを感じたそうです。
世界でトップクラスのシェフ、アラン・デュカスや、ル・ノートルがお料理をしてくださり、サービスにはパリのトップ料理学校であるエコール・ド・キュイジーヌの学生が600人ほど参加したコンサート後の晩餐会。キッチンのない宮殿では、外にテントを張って料理が用意されたそうです。
お食事もワインも、すべてがチャリティ。送り迎えはプジョーやルノーがしてくれます。
750人くらいの出席者は、ほとんど名前に「バロン(男爵)」と付くブルジョワ級の方々ばかり。そのテーブルに出されたワインは、なんと“ムートン・カデ”。
「え!これはテーブルワインじゃない?ブルジョワの方々がいるような席なのに・・・いいや、待てよ、ワインはさらっと、水を飲むように、これでなくてはけないのだわ!」
と思ったそうです。

第8回03ワインをいただくときに気をつけなくてはいけないことについて、訊ねてみました。
「ワインをいただくとき、私が気をつけていることは、口紅がグラスにつくこと。口紅が付くと、グラスを洗うのも大変です。グラスに付かない口紅があったらと探していたら、知人が口紅をコーティングして落ちにくくするものを見つけてきてくれました。英国のエリザベス女王は、ワインをいただくとき、グラスに口紅を絶対つけないそうです。ワインの知識よりも、そしてブドウの知識よりも、まずはそういう気配りが大事なのではないでしょうか。もし口紅がついてしまったら、ナプキンを使ってグラスから口紅を拭き取るのではなく、グラスを置いた瞬間、周りに気づかれないよう、さりげなく指で拭くようにしてはいかがでしょう。NYのレストランでは、みんな気をつけて、人の視界に入らないように、指でサッと拭いています」。
女性としてワインのいただき方をお聞きしたので、男性についても訊ねてみました。
「男性とワインをいただくときに困るのは、『なんでもお好きなワインを選んでください』と言って、ワインリストを女性に渡されることです。接待された場合は、女性の方は、好きなワインと言われても、お値段の設定に困ります。また、そのワインが相手の好みに合うかどうかわかりません。『どうぞ、どうぞ』 、『いいえ、どうぞ、どうぞ』とワインリストをテーブル越しに行ったり来たりさせる譲り合い精神は、おしゃれではあまりないですよね。そういう光景は日本だけではないでしょうか。もしも男性が選べないなら、ソムリエに頼むのはいかが?分からなければ、ハウスワインを頼むので十分ではないでしょうか」。
ワインと食事を合わせていただくことも大切に思っていらっしゃる中丸さん。
「女性の方々は、男性と食事に行くと、ガツガツ食べてはいけないと思っている方が多いようで、あまり食べないように思います。もっと普通に食事をしてはいかがでしょうか?」
そういえば、女性同士なら“食べ放題”に行くのに、男性と“食べ放題”に行くというのはあまり見たことがないですね。
「女性同士で飲み比べして、ワインを楽しむのはおしゃれだと思いますよ。私はワインをいただく時、きちんと食べるようにしています。あ、それから、沢山ワインをいただくので、白い服をなるべく着ていかないようにしています(笑)」。おしゃれは大切ですが、服装のことを気にしすぎていると、普通にリラックスしてワインを楽しめませんよね。
ご自身も料理をされる中丸さんは、ワインと料理を合わせる事が好きだとか。休みの日は一日中キッチンにいるくらい、和洋中なんでも作られるそうです。海外では食材がないので、フレンチやイタリアンが多いのだとか。ワイン会では、ワインと料理のマリアージュも楽しんでいらっしゃるそうです。
中丸さんが一番好きなワインは、ピノ・ノワール。フランスのブルゴーニュがお好きだとか。日本のワインも好きでプレゼントしていただいたメルシャンの1990年“桔梗が原メルロー”の飲み頃を楽しみに待っていらっしゃるそうです。
そして夢は、将来ブドウ畑を持つこと。
「カリフォルニアのナパかイタリアのトスカーナに畑を持ちたいです。でも北のワインが好きなので・・・そうですねぇ、ブルゴーニュにお嫁さんに行った方が早いかな(笑)」。

第8回04中丸さんにとってワインは“心のなぐさめ”。
「ワインにどれだけ救われたでしょう。挫折をしそうになったとき、人生の道に迷ったとき、いつも赤ワインがそばにいてくれました。
ワインを飲みながら、LPレコードをかけ、音楽を考えてきました。そして今の私がいます。もしワインがなかったら、寂しいとか、人間を頼りたくなっていたでしょう。私は常に世界中を移動し、一人でいなくてはいけない仕事をしています。いつも勉強をしていなくてはいけないですし、400ページにわたる譜面を覚え、それを映像として頭に入れていくことをしなくてはいけません。だから一人の時間がすごく大事なのです。そういうとき、ワインだったら供にいることができます。声を出さなければ、ワインを飲みながら、譜面を眺め、勉強もすることができます。だからワインに救われていると思っています。
デビューしたての頃、ものすごく孤独でした。誰も応援に来てくれないこともありました。日本でオペラブームの始まる前のこと。リヨンで一人、暖炉に木を入れて暖めようとしたのに、炎が消えてしまって・・・。でもそこにワインとチーズがありました。お金がない頃は、スーパーで200円くらいのワインを買ってきて、金魚鉢で3回くらいデカンタして飲んだこともあります。だから今はデカンタが嫌いです(笑)。貧しかった修行時代を思い出すからです。パスタも、できれば食べなくてもいいかもしれないです。一生分食べましたから(笑)」。
一人静かにレストランでワインを飲んだり、友達と静かにグラスを傾けるのが好きという中丸さん。エネルギッシュでパワフル、みんながうらやむような華やかな人生を歩まれているイメージがありました。それが中丸さんスタイルと思っていましたが、ワインのような、素敵で魅力的な優しい心の中丸さんのスタイルに感動しました。

声が最高の楽器という中丸さん。故ダイアナ妃は中丸さんのファンでした。
現在チャリティ活動をしているのも、ダイアナ妃が亡くなった1997年、何か一つ彼女の意思を受け継ごうと思い、故高円宮殿下に相談をしたのがきっかけだそうです。自分でやってみてはどうか、と殿下よりアドバイスを受け、21世紀は子供がテーマなので、小児癌の子供たちをできる限りの範囲内で支える活動を続けていこうと思ったそうです。
華やかな印象と、強くて芯のある、深い情熱をもった中丸さんの人生には、黄金の丘から生まれるワインがとても似合うと思いました。
今年の12月には東京で中丸さんのリサイタルがあります。中丸さんの歌声を、ワイン村の仲間のみなさんも、ぜひ聴きに行きませんか?

プロフィール

中丸 三千繪さん

桐朋学園大学声科卒業、同大学研究科修了。在学中よりニューヨーク、ザルツブルクに留学。
1986年、小澤征爾指揮R.シュトラウス『エレクトラ』のタイトルロールでデビュー。
1987年イタリアに渡り1988年、第3回「ルチアーノ・パヴァロッティ・コンクール」優勝。ヨーロッパデビューを果たす。
第4回「マリア・カニリア・コンクール」優勝、第27回「フランチェスコ・パオロ・ネリア・コンクール」優勝。これを機にミラノ・スカラ座と出演契約を結ぶ。
1989年『愛の妙薬』でルチアーノ・パヴァロッティと共演し、アメリカ・デビュー。
1990年RAI(イタリア国営放送)主催「マリア・カラス・コンクール」に優勝し、欧米各国より出演依頼が殺到する。
以来、ミラノ・スカラ座でのムーティ指揮、ワーグナー『パルジファル』など、世界各国の歌劇場でプラシド・ドミンゴ、ホセ・クーラ、ロリン・マゼール、ケント・ナガノをはじめとする当代一流の音楽家と共演。1994年にはベルサイユ宮殿での英仏主催チャリティ親善コンサートに、故ダイアナ妃臨席の下フランス代表として出演。
著書「マリア・カラス・コンクール スカラ座への道」、エッセイ集「声のある時間」を出版。
東芝EMIより20タイトルのCDが発売される。
1998年より日本各地で小児がんの子供を支援するチャリティコンサートを行っている。
現在ニューヨークを拠点に活動している。
桐朋学院大学音楽学部特任教授。

 

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