ホーム>グラスのつぶやき>つぶやき>第13回 伊野由布子さん
つぶやき

第13回 伊野由布子さん

服部栄養専門学校で「ワインの基本とサービス」の講師を担当の伊野由布子さん。ご自宅ではワインとお料理のマリアージュの会を主催。ワインを中心とするお酒と、それに合うおもてなし料理を教えていらっしゃいます。また、雑誌やTVでレシピを紹介するなど幅広く活躍され、(社)ソムリエ協会の理事にも就任された伊野さんに、ワインとの出会いや料理研究家になられたエピソードや、ワインと料理に関するお話をお伺いしました。
「会いたい人がいると、どんなに遠くても会いに行き、美味しいものがあると聞けば、なんとしても食べたり飲んだりしてみたい。それに注ぐエネルギーは自分でも時々びっくりしますが、おかげで色々な美味しいものや素敵な人にめぐり合うことが多いです」と語る伊野さん。

第13回01福岡出身の伊野さんが学生だった頃の話です。フランス料理とステーキで有名な博多の老舗レストラン「和田門」に勤めていたルームメイトが、その日お店で残ったワインを持ってよく遊びに来ていて、それを飲むのが楽しみになったのがワインとの出会いとのこと。
伊野さんのご実家では外で食事をしてワインを飲むという習慣がまったくなく、お父様もお酒は一滴も飲めなかったのですが、このルームメイトの持ってきてくれるワインがきっかけで、伊野さんは食事と共にワインをいただく楽しみを知りました。
初めて美味しいと思ったワインは、フランスはピュイイ・フュメの「バロン・ド・エル」。それまで飲んできた白ワインとは違う熟成感が伊野さんを惹きつけました。
幼い頃からお料理に興味を持っていた伊野さんは、お母様の婦人雑誌を開き、お料理や当時話題のシェフに関する内容をよくチェックしていたほど。図書館でも料理の本ばかり読むような子どもだったそうです。
当時は、フランスへ修行に出かけた若い日本のシェフたちが勉強を終えて帰国し、メディアを通じてフランス料理を日本中に紹介し始めた頃でした。
伊野さんは「東京に行ったら○○シェフの△△を食べよう」と心に思い続け、上京を機に早速レストラン回りをするようになったのです。
伊野さんがシェフの得意とするレシピを注文するので、レストランでは心したのでしょうね。
伊野さんの夢はお料理の先生になることでした。現在は服部栄養専門学校で講師を務めながら、ご自宅では一時間ぐらいで簡単にできる見栄えのよいおもてなし料理をワインに合わせて教えています。伊野さんのワインとお料理のマリアージュに惚れ込んで訪れる生徒さんは跡を絶ちません。
しかし、伊野さんがお料理の先生になるまでには色々な道のりがありました。

第13回02東京へ出てきて料理の先生になりたいと思っていた頃、知人が服部栄養専門学校の服部校長を紹介してくれました。
服部校長に「お料理の先生になりたい」と話すと、「料理の先生はいっぱいいるけど、今からは料理プラスアルファ、なにか出来ないとだめだよ」と厳しい一言。「じゃあワインとお料理ではだめかしら?」と、とっさに答えた一言に、服部校長は「よいと思いますよ」とうれしい返事をくださったのです。
「レストランのワインリストもわからないのだから、これはよい機会だわ」と、伊野さんは東京のワイン学校として開校したばかりの「アカデミー・デュ・ヴァン」でワインの勉強を始めることになりました。当時のアカデミー・デュ・ヴァンの生徒は、ソムリエや料理専門職の方ばかりでした。
専門知識がない分、先入観の少ない伊野さんは素直に教えられたことを学び、習った通りにブラインドテースティングをするので、知識のあるクラスメイトより成績が良く、それがうれしくてまた勉強に励むのでした。
現在、自分が教えている服部栄養専門学校の生徒さんにも同じことを感じるそうで、知識がまったくない学生さんは、ワインの勉強を始めて半年ぐらいたつと、ブラインドテースティングがよく当たるようになるのだとか。でも2年ぐらい勉強を続けると、情報量が増え、当たらなくなることが多いそうです。
ワインの勉強をした後、フランスにお料理の勉強に出かけました。料理やパン、ファッションなど、国が奨励する分野を教える学校「パリ市商工会議所フェランディ校」で勉強を始めます。
料理学校は調理に使う道具や素材が本格的で、羊が一頭、牛が半身。それをさばき、料理をします。伊野さんは驚きながらも勉強に励みました。日本で学んだワインの知識が役立ち、フェランディ校の授業でも、ワインについては同じクラスの人より知識があったのです。
フランスで料理の勉強を終えて帰国した伊野さんは、再び服部栄養専門学校の服部校長を訪ねます。しかし服部栄養専門学校の先生になるまでにはまだ遠い道のりがありました。
帰国直後、友人のレストランから「うちのお店で働かないか」という誘いもありましたが、「お料理の先生になりたい」という夢を強く持っていた伊野さんは、レストランで働くのは自分の進む道とは違うと、思い迷っていました。そんな時、フランスへ勉強に行く前に受けることができなかったワインのクラスを受けようと訪れたアカデミー・デュ・ヴァンで、「伊野さん、アカデミー・デュ・ヴァンの事務をしてみませんか?ソムリエ試験に受かれば講師をやってもいいですよ」という機会にめぐり合ったのです。
1991年のことでした。「“先生”だったらやってみよう!」と思った伊野さんは一年間学校の事務職を勤め、試験に受かった後、アカデミー・デュ・ヴァンの講師になりました。
そのワインの講師は色々な事情で一年ほどで辞めることになり、「これからどうしようかしら」と思っていたところ、服部校長から「うちの学校で教えてみてはどうですか。ワインの先生はいないし、ちょうどいいよ」と、うれしいオファーがありました。
服部栄養専門学校でワインと料理の講師をすることになった時、今度はアカデミー・デュ・ヴァンから「諸事情で学校から先生方が引き抜かれてしまい、講師がいなくて困っているので、伊野さんに再びワインの講師をしてほしい」というオファーが来ました。
服部栄養専門学校ですでに講師をしているので、いったんはお断りをした伊野さんですが、服部校長からの意外な一言が彼女の進路を決めることになります。
「伊野くん、“学校”と言うのは存続させることに意義があるのです。どんなときも学校を存続させることを選択しなくてはいけません。君が行くことでアカデミー・デュ・ヴァンという学校が存続するなら、行ってあげるべきではないだろうか」
服部校長の“学校”に対する考えに感銘を受けた伊野さんは、それから両方の学校でワインを教えることになります。
アカデミー・デュ・ヴァンで事務局をしたり、ワインの講師をしたり、服部栄養専門学校でワインと料理の講師をしたりと、両立の日々は大変でした。しかし、服部栄養専門学校で18歳の学生に対する授業と、アカデミー・デュ・ヴァンに通う大人の生徒に対する授業の両方をこなした経験は、伊野さんに色々な年齢層の生徒に講義をする力をつけることになります。今では、講演の依頼が来ても、どのような聴衆に対してでも話ができるのは、その頃の経験のおかげだという伊野さん。アカデミー・デュ・ヴァンの講師陣が増え、無事に役目を終えた伊野さんですが、服部栄養専門学校の講師以外にも活躍の場がどんどん増えていきました。

ワインと料理

料理を作るのが好きで、友人知人を招いてお料理を作ってお食事をする機会が多い伊野さんのお気に入りのワインはピノ・ノワールだそうです。
「お料理教室では毎回料理に合わせたお勧めのワインを紹介します。
ワインを選ぶ際は、その年に訪問した国の影響があります。昨年はスペインを訪れたので、スペインの“チャコリー”を紹介しました」
チャコリーとは、バスク地方で産する白ワインで、独特の軽い酸味の利いた微発泡性の、4月~7月の間の季節限定のワインです。
注ぎ方も変わっていて、瓶にエスカンシアドールと呼ばれる注ぎ口を付けて広口のコップに高い位置から勢いよく注ぎ、シュワシュワと泡のあるうちに飲み干します。
伊野さんがスペインの漁港でよく飲まれているこのワインを魚介料理に合わせて紹介すると、生徒たちは「面白い」と感心したそうです。
「そんなに高価なワインではありませんが、ワインのバックグラウンドや、どうしてこのワインを飲んでいるかというストーリーがあると面白いでしょう?ストーリーが生まれるワインが好きです。もちろん五大シャトーやピノ・ノワールにもストーリーがありますが、それとはまた違った地元密着のストーリーがあると、ワインは楽しいですよね」。
伊野さんのワインストーリーを聞いているうちに、湿度が高い日本の夏に是非チャコリーを飲んでみたいと思いました。

ワインの気軽な楽しみ方

「ワインを飲む時には、“こう言う飲み方駄目”というくくりはないと思います。海岸へ出かけた時、15度のアルコールがある飲み物を暑い浜辺で飲むのがつらいと思われれば、ワインを氷で割ってもいいじゃないでしょうか」とワインの気軽な楽しみ方を聞き、伊野さんとワイングラスを交わすと、仲間たちは楽しくなるのだろうなと思いました。
伊野さんの周りは、ワインがあり美味しいお料理があり、色々な楽しい話が飛び交うのでしょうね。

ワインの素敵な楽しみ方

「今日は特別というときには、レストランに行って、大切な友人と二人で一本のワインをゆっくり楽しむのもいいと思います。お料理の一皿一皿をワインを合わせていただくと、料理とワインの起承転結を楽しむことができると思います。そんな大人の楽しみ方ができれば、高価なワインを一本、二人でゆっくり楽しむのもステキなワインの時間になるのではないでしょうか」と伊野さん。
ワインと料理のストーリーにはどんな起承転結があるのだろうかと想像しています。

第13回03伊野さんが服部栄養専門学校で講師を始めて14年。講師を始めた頃に教えていた生徒が独立し、レストランのオーナーになり始めています。彼らのお店で酒蔵の人たちと賞味会をしたり、ワインとお料理をコーディネートしたりして、常に経験を蓄積する機会を持つのが夢だとか。
子どもの頃にワインが身近にはなかった伊野さんとは違い、ご自分の息子さんにとってはワインとはいつも周りにあるもので、息子さんと一緒に食事をすると、「お母さんワイン飲めば」と言ってくれるそうです。息子さんが成人したら一緒にワインを飲むのが夢で、子育てが終わったらご自分のサロンを持つのも夢だそうです。ぜひ素敵なサロンを作っていただきたいですね。

最後に伊野さんからメッセージをいただきました。

「話題のレストランが増えましたが、ワインに興味がないシェフやサービスの方がワインを提供していることがあります。料理は料理で美味しいけれど、ワインと共に楽しむには満足できないお店があるのは残念です。最近はお客の方がワインや料理についてよく勉強しているような時代です。調理の方も、料理だけでなく、ワインのことも知らないといけない時代になってきています。ソムリエまかせでいたら、もしそのソムリエがいなくなった時はどうするのでしょうか?」
「ソムリエ呼称試験を受ける方は、ワインをいつまでも好きでいてほしいです。ヨーロッパに行くと、どの国に旅をしてもたいていワインがあります。ワインが発信してくれるものもあり、ワインは常にあるという文化を理解すれば、ソムリエ試験の勉強は語学の勉強のようなものではないでしょうか。私も、飲んだこともないワインをどうして覚えるのだろうと思って勉強していたこともありますが、後に旅をしてワインがあると、『そうそう、こういうワイン勉強したよね』と思い出したり、話題が盛り上がることもあります」
伊野さんのお話しを聞き、伊野さんにとってワインは骨の髄のような、ご自分のもとを作り出してくれるものだと話されることに納得がいきました。
友達も、仕事も、色々な国を訪問した時にも、ワインを知らず料理だけを追求していたら、今の伊野さんはなかったのでしょうね。
伊野さんが地方を旅すると、お酒を造っている人たちやワイナリーの人たちが伊野さんをゲストとして招きます。飲み物(お酒)を知らなかったら、こんな機会はなかったのかもしれませんね。伊野さんの人生の道のりには、ワインはなくてはならないものだったのですね。ワインが豊かにしてくれる人生があるのだと、伊野さんのワインと人生のつながりに感銘しました。

プロフィール

伊野 由布子(いの ゆうこ)

ワインアドバイザー、料理研究家。仏のフェランディ校留学の後、「ジャマン」等にて研修。
帰国後アカデミー・デュ・ヴァン東京校、服部栄養専門学校の講師に。
ワインや料理についての本を多数著作・監修している。
社団法人 日本ソムリエ協会(J.S.A.)理事

著書
「ワインに合うレシピ」(パッチワーク通信社)
「極上のお手頃ワインランキング」(ぴあ)
「家に食べに来る」オレンジページ連載中

 

トラックバック(0)

トラックバックURL: https://www.wakonn.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/17

PAGETOP